節分の豆まきの由来って相当古いんですね!今年は歴史を感じながら豆まきをしてみませんか?

節分2
節分1

 

たくさんの催しがある冬ですが、日本の伝統的な行事の1つに「節分」が挙げられます。

 

節分と言えば、豆まきですよね。

 


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思い起こせば保育園や幼稚園などで鬼に扮した先生に豆をまいた、などの思い出がある方も多いのではないでしょうか。

 

威勢のいい声で、「鬼は~外!」「福は~内!」と、

 

節分2

 

声をあげながら豆をまいた記憶があります。

 

でも、どうして節分の日にこうして豆をまくようになったのでしょう?

 

今回はこの節分についてクローズアップしてみましょう。

 

節分とは立春の前日です。

この頃はまだ肌を刺すような寒さがある時期です。

 

2月3日は節分ですが、節とは季節の節です。

 

つまり、「節を分ける」のですから、季節の境目を意味しています。

 

節分より前は寒い冬、節分を超えると徐々に春の気配が近づくのです。

 

 

実は正しくは四季の境目に4つ、節分が存在するのですが、立春の前の日だけが節分と呼ばれるようになりました。

 

旧暦で言えば、節分は大みそかを意味しています。

元々平安時代の宮中では、大晦日に陰陽師らが「追儺(ついな)」を行っていました。

 

この行事は、翌年に向けて旧年にあった厄を追い払ったのです。

 

新年へ向けての禊だったのでしょう。

 

追儺(ついな)とは、大晦日(12月30日 (旧暦))の宮中の年中行事であり、平安時代の初期頃から行われている鬼払いの儀式。「鬼やらい」(鬼遣らい、鬼儺などとも表記)、「儺(な)やらい」とも呼ばれる。 やがて年籠りは、大晦日の夜の「除夜詣」と元日の朝の「元日詣」との2つに分かれ、元日詣が今日の初詣の原形となった。Wikipedia

 

平安時代のこの追儺は、形を次第に変えていきます。

 

室町時代以降には、鬼に豆をまいて追い払い、福を呼び込むという現在に残るスタイルに変化したのです。

 

 

室町時代以降には、庶民の間にもこの豆まきが浸透していくようになります。

 

1447年の「臥雲日件録(がうんにっけんろく)」と言う文献には、すでに「鬼はー外!」に該当する掛け声が記されており、とても古い日本の伝統文化であることが理解できます。

 

 

また、豆をまく方法は全国今や共通ですが、面白い節分の地方独自の行事は多数存在します。

 

一般的には大豆をまくところが多いのですが、実は落花生をまいている地域も多いのです。

 

節分3

 

北海道や新潟など、豪雪地帯では落花生をまく傾向があります。

 

これは、その土地柄が影響しているようです。

 

雪国では雪の上に豆をまくとお掃除→食べるのがとっても大変。

 

そこで殻つきの落花生を撒いたり、布などに包んだお豆をまいています。

 

これなら拾いやすいですし、表面が雪でぬれても美味しく食べる事が出来ます!

 

 

また、今や全国区となった恵方巻も、元々は地方独自の料理でした。

 

本来は大阪発祥のイベントで、その年の決められた方角を向いて恵方巻を食べます。

 

実はこの恵方巻は、元々は太巻きなどと呼ばれていただけですが、セブンイレブンがこのように命名し販売したところから、全国的にこの名称で知られるようになりました。

 

 

 

 

もはやあちこちのスーパーなどでも節分前になると、恵方巻の予約を受け付けている様子が目に留まります。

 

その他にも、旧暦の大みそかである風習からそばを食べるエリアや、福豆のみならず福茶を飲むエリアもあります。

 

関東地方ではけんちん汁を食べる風習も。

 

このように色んな文化の違いがある面白い節分ですから、今年は自分の地域にそった節分を家族や友人と楽しんでみませんか。

 


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